東北被災地視察

16,17日の二日間で石巻市、南相馬市を浜教組の皆さんと訪れました。訪れるたびにまだまだ知らないことがあると思うとともに、必死で前へ進もうとする人たちのパワーを感じます。「忘れないこと」しかできないですが、ずっと学んで生きたいと思います。

16日に東京を出発して、震災後7回目の大川小学校訪問をです。大川伝承の会の佐藤さんが、震災前の様子から当日の避難の経路、今後どのように震災遺構として残していくのかなどの説明を伺いながら、入ることができなくなっている場所で、避難すれば助かったと言われている裏山へも入らせてもらいました。子どもの足でも2,3分あれば十分に上れるそして普段の学習でも使っていたなじみの場所でした。なぜきちんと情報が伝わらず、ここへ逃げる判断にいたらなかったのか・・・そして、この間裁判にいたらなければならなかったのには、正確に事実把握をしなかった教育委員会の責任の大きさがあると思いました。ご自身も中学校の教員でいらっしゃった佐藤さんも小学校6年生のお嬢さんを亡くされ、この活動を続けていらっしゃることに強い思いを感じました。

麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真

後半は石巻中心部にあるみらいサポート石巻という場所で 当時小学校教頭をされていた佐藤さんお二人から 避難の状況や避難所運営についてお話を聞きました。なんとお二人はご兄弟です。特に弟佐藤さんは大川小学校の教頭として、津波と火災が迫り来る中での住民の避難の緊迫した状況をお話くださいました。(NHKで、その状況を放送されました)今は語り部として活動をされています。情報のキャッチと判断の連続だったことを緊迫感をもってうかがいました。
同行してくださった連合宮城の教えて小田島さんは、移動のバスの中で当時の体験を語ってくださり、改めて備蓄の大切さを 感じました。

麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真麓理恵さんの写真

一日終わって気づいたこと。今日であった方はみんな佐藤さんで下(バスの運転手さんもです)ちょっと笑いも必要。

17日は、荒浜地区に向かいました。3度目の訪問で、街のかさ上げ工事が進んでいます。荒浜小学校は昨年度末に閉校しましたが、震災遺構として中に入り展示や映像を見ることができます。津波被害を受けた1階の壊滅的な様子と、学校生活がそのまま残ってることの違いが胸にぐっときます。ぜひ一度訪れてみてください。

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その後バスに乗って南へ下りました。

午後は浪江町と南相馬の境にある「希望の牧場」の吉沢さんのお話を聞きました。飼っていた330頭の肉牛の殺処分を拒み、出荷できないと分かっていても、命を全うさせてやりたいと多くの方の共感と支援で、今も300頭の牛を育てていらっしゃいます。原発事故から見えてきたエネルギー問題など各地で語る活動もされています。

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