学びの多様化学校視察

学びの多様化学校はこれまでは不登校特例校と呼ばれた不登校生徒を対象にした学校です。令和7年度現在全国で58校があり本校型や分校型、分教室型コース指定型がありますが、今回は世田谷区立中学校の分教室型の学びや多様化学校「ねいろ」を視察しました。

ねいろは2022年度に設立され、現在4年目を迎えています。各学年20名を定員として、2025年4月1日時点では1年生19名、2年生10名、3年生17名の合計46名が在籍しています。毎年2学期からの転入もあり、4月の段階ではあえて定員に満たない数でスタートさせているといいます。今年度も9月から数名転入予定で、全体で50名程度になる見込みとのことでした。授業時間は年910時間で設定され、午前中は50分授業を3コマ、午後は1〜2コマで運営されています。部活動や生徒会活動はなく、放課後は生徒それぞれが復習や学び直しの時間に使い、教員がサポートをしています。在籍者のうち3割程度が不登校になっていて、保健室登校の生徒もいるという現状もありました。朝は9:00のウォームアップから始まり、授業自体は9:35に1時限がスタートするのでゆっくりとしています。休み時間も15分という少し長めの設定で、子どもたちはこの時間にもトランプなど遊びを楽しんでいるそうです。昼休みは昼食時間とは別に20分の休憩時間があり、余裕のある時間割となっています。

入学にあたっては、4週間の体験入学が必須とされています。1学期と2学期に体験期間が設けられていて、小学6年生など4月転入の場合は2学期に体験し、2学期入学の場合は1学期に体験するというスケジュールです。体験の前半はねいろに通うことができるかどうかに重点が置かれていて、1時間だけねいろに滞在し心理職と話して過ごすということが行われたりしています。後半になると既存の生徒と一緒に過ごして、みんなと学ぶことができるかどうかの確認が行われます。ほとんどの子どもは4週間を乗り越えられるものの、1〜2割の子どもが途中で抜けてしまうそうです。中には、4週間を乗り越えたことで自信をつけてる子もいて、通常の学校に通っている生徒もいたそうです。この体験を通じて、生徒本人も覚悟を決めていくことになっているようでした。一方で、各学年20名という定員と、既存生徒もいるなかで、全ての体験希望を受け付けることができないため抽選となっていて、申し込んでも体験をできないという子どももいるという状況でした。

世田谷区立教育会館を活用している「ねいろ」は、世田谷区立世田谷中学校の分教室という位置づけです。元々は教育センターとして使われていた施設で、世田谷区立中央図書館と建物を共有しています。教育センターが移転し、跡利用という形で学びの多様化学校(設置当時は不登校特例校)として設置されています。元々学校ではないため、外観も、内部も見た目から学校らしくなく、チャイムも鳴らず、配置されている学習机も一般の学校とは異なるデザインのものが用意されていることも学校らしくなく、「学校らしくない」ことで、不登校で学校に行けなくなっていた生徒でも、精神的なハードルを低くして、通いやすい環境が提供できるというメリットがありました。また運動会や学芸会は、本校に行って規模の大きな環境の中で参加し、表現できるというメリットも指摘されていました。人前に出るのが苦手な生徒もいるので、裏方での参加や、別室で鑑賞できるようにするなど工夫も行われています。学芸会の準備も内容も素晴らしく、とても感動する内容であったということでした。普段は分教室で学ぶ生徒たちにとっても、いい機会になっているそうで、約500名の生徒を抱える世田谷中学校の分教室だからこそ得られる環境となっています。

分教室といっても、世田谷中学校とねいろは徒歩で30分ほどの距離にあることがデメリットの1つです。学校長や副校長は分教室に配置されないので、何かあったときに駆けつけるにも時間がかかることが指摘されていました。また、元々学校ではない建物を使っているため、美術室や音楽室、校庭が無いため、近隣の桜木中学校の施設を借りて授業を行わざるを得ないという課題もありました。教諭の配置も本校の規模に左右され、教諭は5名定員のところに1名加配をしていました。養護教諭は会計年度任用職員のため、子どもがいても養護教諭がいない日もあるなど、子どもたちの環境としては十分でない面が指摘されていました。

世田谷区は2026年4月に、新たな学びの多様化学校「北沢学園中学校」を一条校として設置します。廃校となっていた「旧北沢小学校」の校舎の後利用によって設立され、学びの多様化学校の他、4か所目の「ほっとスクール」(教育支援センター)や子どもの居場所等の複合施設として旧校舎が活用されるものです。各学年20名、合計60名定員でねいろと同じ規模での運用となります。ねいろと大きく異なるのは、「本校型」であることで校長も副校長も配置され、11名の教諭が配置されます。旧校舎の活用なので校庭や体育館があるため、ねいろのように近隣の学校施設を借りる必要がありません。授業時間についてもねいろ開設当時より基準が緩和されたことにより、北沢学園では年840時間とされていて、標準授業時間1,015時間より約2割少ない授業時間の設定になっています。時間割は示されていませんが、ねいろでも15分の休憩時間が取られていましたし、授業のコマ数も減るでしょうから子どもたちはゆったりとした学習時間を過ごせる環境になりそうです。一方で心配されていたのは、「学校らしい」施設環境になることで、子どもたちの心理的ハードルが高くなってしまわないかという点です。この課題は世田谷区の場合2種類の多様化学校を持つことによって、子どもたちにより合った環境を選べるという側面も生じるかもしれないなと思います。

横浜市ではまだ学びの多様化学校の検討など予算化されていません。約25万人の児童生徒を抱える横浜市では、2023年度で9,775人の不登校の子どもたちがいました。不登校の定義には入らないものの、不登校傾向であったり、別室登校であったり、学びの機会を十分に得られていない子どもはより多くいると考えられます。横浜市でもハートフル事業として「ハートフルスペース」、「ハートフルルーム」、「校内ハートフル」など不登校支援事業が展開されていますが、在籍校の外で学校教育を受けられる機会は公的には用意されていません。私立の学びの多様化学校はありますが、学費も必要になり、家庭の経済環境が豊かでなければその選択肢を利用することができません。横浜市の行う不登校児童生徒の支援策として、横浜市立学びの多様化学校は欠けているピースであると考えています。様々なグラデーションにある子どもたちの中で、横浜市で育つ子どもたちの中にも学びの多様化学校という選択肢がピッタリと合う子どももいると思います。